― 電気を発電せず、「時間」「調整力」「供給力」を販売するビジネス ―
近年、各地で大型の蓄電池をコンテナ状の設備に収め、変電設備とともに設置する「系統用蓄電所」の計画が増えている。
しかし、蓄電池は太陽光発電設備のように電気を新たにつくる設備ではない。それにもかかわらず、なぜ数億円を投じて蓄電所を建設する事業者が増えているのであろうか。
その理由は、系統用蓄電池が単に電気を安く買って高く売るだけでなく、電力市場に対して「必要なときに電気を供給できる能力」や「瞬時に充放電を変更できる能力」を提供し、複数の市場から収入を得られるためである。
今回は、蓄電池の取得費用や投資利回りを検討する前提として、系統用蓄電池事業の基本的な仕組みを解説する。
系統用蓄電池とは何か
系統用蓄電池とは、発電所や工場の内部で使用する蓄電池ではなく、電力会社の送配電網に直接接続し、電力システム全体の需給調整に利用される大型蓄電設備である。
太陽光発電所に併設された蓄電池が、主としてその発電所でつくられた電気を蓄えるのに対し、系統用蓄電池は、電力系統から電気を受けて充電し、必要な時間帯に系統へ放電する。特定の発電所を補助するのではなく、電力システム全体の調整役として機能する点が特徴である。
例えば、「出力2MW、容量8MWh」の蓄電池であれば、最大2MWの強さで充放電でき、計算上は最大出力を約4時間継続できる設備という意味になる。
出力を示すMWは水道管の太さ、容量を示すMWhは貯水槽の大きさに例えると分かりやすい。ただし、実際の運用では電池を完全に空にしたり満充電の状態で維持したりすることは少なく、劣化防止や市場取引に備えて一定の余裕を残して運用する。
なお、2022年の電気事業法改正により、1万kW以上の系統用蓄電池から放電する事業は「発電事業」として位置付けられている。一定規模以上の蓄電所は、単なる電気設備ではなく、法制度上も発電所に近い電力インフラとして取り扱われる。
系統用蓄電池は何を売っているのか
系統用蓄電池が市場に提供する価値は、主として次の3つに分けられる。
| 価値 | 主な市場 | 何を販売するのか |
|---|---|---|
| kWh価値 | 卸電力市場 | 実際に充放電する電力量 |
| ΔkW価値 | 需給調整市場 | 指令に応じて出力を増減できる能力 |
| kW価値 | 容量市場 | 将来必要なときに電気を供給できる能力 |
系統用蓄電池事業では、これらの収入を組み合わせる「レベニュースタッキング」が基本的なビジネスモデルとなる。
1.電気を安く買って高く売る「kWh価値」
最も理解しやすいのが、卸電力市場における電力価格の差を利用した取引である。
日本卸電力取引所の一日前市場、いわゆるスポット市場では、翌日に受け渡す電気が30分単位、1日48コマの商品として取引されている。また、その後の需給変化に対応する当日市場も設けられている。
例えば、太陽光発電量が多く電気が余りやすい昼間に充電し、電力需要が増える夕方以降に放電する。購入価格と販売価格の差が、基本的な収益源となる。
このような価格差を利用した取引を「アービトラージ」という。
ただし、売値と買値の差がそのまま利益になるわけではない。充電した電気の全量を再び放電できるわけではなく、充放電時には電力損失が生じる。また、市場取引手数料、運用委託料、電池の劣化コスト等も発生する。
したがって、卸電力市場だけで収益を上げるためには、将来の市場価格を予測し、どの時間帯にどの程度充放電するかを継続的に判断する運用能力が必要となる。
2.すぐに動ける状態を提供する「ΔkW価値」
電力は、需要量と供給量を常に一致させる必要がある。
需要が急に増えたり、発電所が停止したりすると電気が不足する。反対に、需要が減少したり、太陽光発電量が予想以上に増えたりすると電気が余る。
この需給のずれを調整するため、一般送配電事業者が必要な調整能力を調達する市場が「需給調整市場」である。2024年度からは一次調整力から三次調整力②まで、すべての商品区分で市場取引が開始されており、蓄電池も各商品の要件を満たせば参加できる。
蓄電池は、短時間で充電と放電を切り替えられるため、需給調整との相性がよい。
電気が不足した場合には、放電量を増やすか、予定していた充電量を減らすことで対応できる。反対に、電気が余った場合には、放電量を減らすか、充電量を増やすことで対応できる。
このとき事業者が提供しているのは、電気そのものだけではない。
「指令が出されたら、すぐに出力を変えられる状態で待機している能力」を提供している。これがΔkW価値である。
消防車に例えれば、実際に消火活動をした時間だけでなく、いつでも出動できる状態で待機していること自体に価値があるという考え方である。
3.必要なときに供給できる「kW価値」
容量市場では、実際に何kWhの電気を販売したかではなく、将来の電力需給が厳しいときに、どの程度の電力を供給できるかという「供給力」が取引される。
容量市場で落札した電源は、一定の条件を満たして稼働可能な状態を維持し、需給ひっ迫時には卸電力市場や需給調整市場への応札、又は電気の供給を行うことが求められる。その対価として容量確保契約金額を受け取る仕組みである。
つまり、容量市場で販売するのは電気そのものではなく、「将来必要になったときに電気を供給できる能力」である。
容量市場で落札した蓄電池であっても、一定の条件の下で卸電力市場や需給調整市場に参加できる。このため、kW価値、ΔkW価値及びkWh価値を組み合わせた収益構造を構築できる。
ただし、同じ時間帯に同一の充放電能力を複数の市場へ重複して販売できるわけではない。蓄電池の残量や既に負っている供給義務を踏まえ、どの市場にどれだけの能力を振り分けるかを管理する必要がある。
蓄電所事業に登場する事業者
系統用蓄電池事業では、土地所有者、設備所有者、実際の運用者が同じとは限らない。
一般的な事業構造を簡略化すると、次のようになる。
投資家・金融機関
↓ 出資・融資
SPC又は蓄電池事業者
↓ 設備を所有
蓄電池・PCS・変圧器・受変電設備
↓ 遠隔制御
アグリゲーター・運用事業者
↓ 市場への入札
卸電力市場・需給調整市場・容量市場
投資家
投資家は、蓄電所を建設するための自己資金を拠出する。
事業が利益を生めば、融資の返済や各種経費を差し引いた残額から配当を受ける。一方、市場価格の低下、設備故障、工期遅延等によって事業収入が減少した場合には、投資元本を回収できない可能性がある。
SPC
SPCとは「特別目的会社」のことであり、特定の蓄電所事業を行うために設立される会社である。
SPCを利用する場合には、SPCが土地を取得又は賃借し、蓄電池設備を所有する。さらに、電力会社との系統連系契約、建設会社との工事契約、運用会社との契約、金融機関との融資契約等も、原則としてSPCが締結する。
投資家自身が蓄電池を直接所有することも可能であるが、SPCを設けることで、対象事業の収入、支出、借入金及びリスクを他の事業から区分して管理しやすくなる。
EPC事業者
EPC事業者は、蓄電池、PCS、変圧器、受変電設備等の設計、調達及び建設を担当する。
PCSとは、蓄電池に蓄えられる直流電力と、電力系統で使用される交流電力を変換する装置である。蓄電所の性能は、電池本体だけでなく、PCS、制御システム、冷却設備及び変電設備を含むシステム全体で決まる。
O&M事業者
O&M事業者は、完成後の設備点検、故障対応、電池の状態監視、除草、警備等を担当する。
蓄電所は無人運転されることが多いものの、火災、温度異常、通信障害、電池セルの劣化等を継続的に監視する必要がある。
アグリゲーター・運用事業者
アグリゲーター又は運用事業者は、市場価格や電力需給を予測し、蓄電池の充放電を遠隔で制御する。
具体的には、卸電力市場への入札、需給調整市場への応札、充放電計画の作成、蓄電残量の管理、一般送配電事業者からの指令への対応等を行う。
蓄電池を所有しているだけでは市場収入は得られない。どの時間帯に充電し、どの市場に出し、どの程度の残量を確保するかを判断する運用システムが、事業収益を左右する。
蓄電池の運用では「残量管理」が重要となる
蓄電池事業の運営では、電池の充電残量を示す「SoC」の管理が重要となる。
例えば、電池が満充電であれば、電気を放電することはできるが、それ以上充電することはできない。反対に、残量がほとんどなければ充電はできるが、電気不足が発生しても放電できない。
そのため、運用事業者は市場価格だけでなく、その後に発生する可能性のある需給調整指令も考慮して、一定の残量を確保する。
昼間の電気が安いからといって満充電にしてしまうと、その後、電気が余った際に「さらに充電する」という下げ方向の調整力を提供できない。反対に、高値の時間帯にすべて放電すると、その後の電力不足に対応できなくなる。
系統用蓄電池の運用は、単純な安値買い・高値売りではなく、将来の市場価格、調整力の発動可能性、電池残量及び劣化を同時に判断する事業である。
1日の運用はどのように行われるのか
蓄電所の一般的な運用の流れは、次のようなものである。
まず、翌日の天候、太陽光発電量、電力需要、発電所の稼働状況等を基に、市場価格を予測する。
その上で、価格が安いと予測される時間帯には買い入札を行い、充電計画を立てる。価格が高いと予測される時間帯には売り入札を行い、放電計画を立てる。
同時に、需給調整市場へ提供する能力を確保する。需給調整市場で約定した場合には、約束した範囲の出力を変更できるよう、蓄電池の残量を調整しておく。
実需給の直前には、天候や需要の変化を踏まえて当日市場等で計画を修正する。
そして実際の運用時間帯には、あらかじめ作成した充放電計画に従って運転しつつ、一般送配電事業者から調整指令を受けた場合には、短時間で充放電量を変更する。
事業者と運用会社の契約形態
蓄電池の所有者と運用事業者との契約には、主として次のような考え方がある。
市場連動型
市場で得られた収入から運用手数料を差し引き、残額を蓄電池所有者が受け取る方式である。
市場価格が上昇すれば大きな収益を得られる可能性がある一方、市場価格差が縮小した場合には収入が減少する。投資家又はSPCが市場変動リスクを負担する方式である。
収益分配型
市場収入を、蓄電池所有者と運用事業者との間で一定割合により分配する方式である。
運用事業者にも収益向上の動機が生じやすい一方、収入の定義、充電電力費、ペナルティ、電池劣化費等をどちらが負担するかを明確にする必要がある。
固定報酬・最低保証型
運用事業者や電力会社等が、蓄電池の使用権又は制御権を一定期間確保し、所有者に固定額又は最低保証額を支払う方式である。
市場価格が上昇した場合の利益は限定される可能性があるものの、投資家にとっては収入の予測可能性が高まる。
このような契約は、ホテルを所有者が自ら経営するのではなく、運営会社に貸し出したり、運営を委託したりする仕組みに近い。
長期脱炭素電源オークションによる収入
一定の条件を満たす系統用蓄電池は、長期脱炭素電源オークションへの参加も検討できる。
同制度で落札した電源は、固定費水準の容量収入を原則20年間受け取ることができる。これにより、建設時点で将来収入の一定部分を見通しやすくし、巨額の初期投資を促進する仕組みとなっている。
ただし、卸電力市場等から得た他市場収益については、その約9割を還付する仕組みが設けられている。
したがって、長期脱炭素電源オークションの収入と、卸電力市場等の収入を全額二重に取得できるわけではない。収益の上振れの一部を還付する代わりに、長期間の容量収入によって固定費回収の予見可能性を高める制度である。
蓄電所事業の収支構造
蓄電所事業の収支は、概ね次のように整理できる。
卸電力市場収入
+需給調整市場収入
+容量市場収入
+固定報酬・相対契約収入-充電用電力の購入費
-市場取引・運用委託費
-O&M費用
-保険料
-土地賃料・固定資産税
-通信費・監視費
-電池劣化及び更新費用
-借入金の元利返済=投資家に帰属する収益
蓄電池の売上高が大きくても、充電電力費、運用委託費及び電池劣化費が大きければ、最終的な利益は少なくなる。
特に、放電回数を増やせば市場収入が増える可能性がある一方、電池の劣化も進みやすくなる。目先の売上高だけでなく、設備寿命全体を通じた利益を最大化する運用が必要である。
太陽光発電とは異なる事業である
太陽光発電は、太陽光からつくった電気を販売する事業である。日射量と設備容量から、年間発電量をある程度予測できる。
これに対し、系統用蓄電池は電気を発電しない。市場から電気を購入し、適切な時間帯に販売するとともに、電力系統を安定させる能力を提供する事業である。
そのため、太陽光発電では日射条件や土地面積が重要となるが、蓄電所では系統連系の可否、充放電の運用能力、市場参加体制、通信環境及び設備の応答性能がより重要となる。
土地と設備を取得して運転を開始すれば、一定の売電収入が自動的に発生する事業ではない。市場を予測し、複数の収益機会を組み合わせながら、24時間体制で設備を制御するエネルギー運用事業である。
まとめ
系統用蓄電池事業は、電気を安く買って高く売るだけの事業ではない。
卸電力市場では実際の電力量であるkWh価値を販売し、需給調整市場では充放電量を迅速に変更できるΔkW価値を提供する。さらに、容量市場では将来必要なときに供給できるkW価値を販売する。
これらの収入を組み合わせて設備投資を回収するのが、系統用蓄電池の基本的なビジネスモデルである。
投資家又はSPCが蓄電池を所有する「事業投資型」では、単に土地や設備を保有するだけでなく、電力市場の変動、充放電計画、蓄電残量、設備劣化及び系統連系を一体として管理する必要がある。
したがって、系統用蓄電池は一般的な不動産賃貸業というよりも、電力インフラを利用した市場運用事業として理解する必要がある。
第2回では、このビジネスモデルを前提として、設備費、土地取得費、補助金、投資利回り、太陽光発電との違い及び蓄電所用地を取得する際の注意点を取り上げる。
※本稿は2026年7月20日時点の制度及び公表資料を基に作成している。電力市場の取引制度、参加要件及び精算方法は今後変更される可能性がある。
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