― 財務諸表のための価格調査に関する実務指針を読み解く ―
近年、事業承継や企業再編を背景に、企業の合併・買収(M&A)が行われる機会が増えています。こうした企業結合に際しては、取得した企業が保有する土地や建物などについて、財務諸表作成のための時価評価が必要となる場合があります。
このたび、企業結合に伴う不動産鑑定評価の依頼を受けたことを契機として、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会が公表している「財務諸表のための価格調査に関する実務指針」を改めて確認しました。
本稿では、企業結合に関する事項を中心に、固定資産の減損、棚卸資産、賃貸等不動産を含む財務諸表目的の価格調査について、基本的な考え方と実務上の留意点を整理します。
1.財務諸表のための価格調査とは
企業が保有する不動産は、会計上の目的によって求められる価格の性格が異なります。
実務指針では、主に次の4つの分野について価格調査の取扱いが示されています。
| 分野 | 価格調査の主な目的 |
|---|---|
| 固定資産の減損 | 減損損失の認識・測定等に必要な価格の把握 |
| 棚卸資産 | 販売用不動産等の収益性低下に伴う評価 |
| 賃貸等不動産 | 財務諸表に注記する時価の把握 |
| 企業結合等 | 合併・買収・会社分割等に伴う不動産の時価評価 |
これらは、いずれも企業会計と関係する価格調査ですが、評価の目的や価格時点、適用する評価方法は必ずしも同一ではありません。
2.企業結合に伴う不動産の時価評価
企業結合とは、複数の企業や事業が一つの報告単位に統合されることをいいます。代表的なものとして、合併、株式取得、事業譲受などがあります。
取得に該当する企業結合では、取得企業は原則として、取得した識別可能な資産及び引き受けた負債を企業結合日における時価を基礎として認識します。
この取得原価の配分は、一般にPPA(Purchase Price Allocation)と呼ばれます。
例えば、ある企業を10億円で取得した場合でも、その企業が保有する土地・建物の価値が10億円になるわけではありません。企業価値には、不動産のほか、機械設備、金融資産、技術、顧客関係など、さまざまな資産や負債が関係しています。
不動産鑑定士は、このうち土地・建物等の価値を専門的かつ客観的に評価します。
のれんと不動産鑑定評価の関係
企業結合では、取得原価が識別可能純資産の時価を上回る場合、その差額がのれんとして認識されます。
したがって、不動産鑑定評価額を帳簿価額や企業全体の買収価格に合わせる必要はありません。
不動産の時価を独立した立場から適切に査定することが、取得原価の配分や財務諸表の信頼性確保につながります。
3.企業結合における実務上の留意点
実務指針では、企業結合等に伴う価格調査について、特に次の事項に注意することが求められています。
① 不動産の重要性の変化
企業結合や会社分割によって、企業全体の資産に占める不動産の重要性が変わることがあります。
従来は簡易的な価格調査で対応できていた不動産についても、企業結合後には、より詳細な評価が必要となる場合があります。
② 権利関係の変化
企業の合併や分割によって、従来の賃貸借関係が消滅したり、新たな賃貸借関係が発生したりする場合があります。
評価対象が自用の建物及びその敷地なのか、貸家及びその敷地なのかなど、権利形態を適切に把握する必要があります。
③ 最有効使用の変化
隣接する土地を保有する企業同士が合併した場合などには、土地の一体利用が可能となり、最有効使用が変化する可能性があります。
一方、企業が現に利用している用途が、必ずしも市場における最有効使用と一致するとは限りません。
不動産の市場性、用途転換の可能性、法令上の制限等を総合的に分析することが重要です。
4.原則的時価算定とみなし時価算定
財務諸表のための価格調査では、不動産の重要性等に応じて、「原則的時価算定」と「みなし時価算定」の考え方が用いられます。
原則的時価算定
不動産の市場性、収益性、費用性等を分析し、合理的な時価を求めるものです。鑑定評価基準に則らない価格等調査として実施する場合にも、必要な調査及び分析を行います。
みなし時価算定
一定の条件の下で、公的土地評価額や市場価格を反映する指標等を活用して時価を算定する方法です。
ただし、重要性が高い不動産について、任意に簡易評価を選択できるものではありません。会計上の目的、資産の重要性、求められる精度等を確認する必要があります。
また、これらの区分は、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価と、基準に則らない価格等調査との区分とは別の論点です。
5.固定資産の減損に関する価格調査
減損会計では、固定資産の収益性が低下し、投資額の回収が見込めなくなった場合に、帳簿価額を減額する処理が行われます。
減損損失の測定に用いる回収可能価額は、次のいずれか高い金額となります。
- 正味売却価額:不動産の時価から処分費用見込額を控除した価額
- 使用価値:継続使用及び最終処分から得られる将来キャッシュ・フローの現在価値
不動産鑑定士が関与する場合には、特に正味売却価額の基礎となる時価の把握が重要です。
なお、企業にとっての使用価値と、不動産市場における時価は必ずしも一致しません。
6.棚卸資産に関する価格調査
不動産会社等が保有する販売用土地や開発中の不動産については、収益性が低下した場合、正味売却価額を基礎として帳簿価額を切り下げることがあります。
価格調査では、販売見込額のほか、販売費用、追加造成費、建築費等について検討する必要があります。
完成済みの不動産と開発途中の不動産では評価の前提が異なるため、事業計画の実現可能性や市場動向を踏まえた分析が求められます。
7.賃貸等不動産に関する価格調査
賃貸マンション、オフィスビル、投資目的の土地等については、企業会計上、一定の要件の下で貸借対照表日における時価等の注記が求められます。
時価の査定では、賃料水準、空室率、維持管理費、将来の修繕費、還元利回り等が重要な検討事項となります。
また、前回評価時点からの市場変動が限定的な場合には、一定の条件の下で指標等による調整が認められることもあります。
ただし、周辺市場の変化や建物の維持管理状態等を確認し、合理的な時価を把握する必要があります。
8.財務諸表目的の鑑定評価で重要なこと
これら4分野に共通するのは、評価の目的、価格時点、対象不動産の範囲、重要性及び調査条件を明確にすることです。
特に企業結合や減損会計に伴う評価では、不動産鑑定士だけでなく、依頼企業の経理・財務担当者、公認会計士、監査法人等との情報共有が重要となります。
不動産鑑定評価は、単に金額を算出するだけでなく、その価格がどのような条件、資料、評価手法に基づいて求められたのかを合理的に説明する業務でもあります。
企業会計に用いられる評価であるからこそ、評価の客観性と説明可能性が求められます。
9.おわりに ― 長野県内の企業結合・M&Aに伴う不動産鑑定評価
企業の合併・買収(M&A)、事業承継、会社分割などに際しては、保有不動産の時価を適切に把握することが重要です。
特に、工場、倉庫、事業所、商業施設などの事業用不動産は、一般的な住宅地や商業地とは異なる市場特性を有し、建物の仕様や設備、立地条件、継続利用の可能性等について専門的な分析が必要となります。
株式会社あおぎり不動産鑑定では、長野市を拠点として、長野県内の土地・建物、工場・倉庫等の事業用不動産について、不動産鑑定評価を行っています。
長野市、須坂市、中野市、飯山市、千曲市、上田市、松本市など、長野県内における企業合併・M&A・事業承継に伴う不動産の時価評価、PPA(取得原価の配分)、減損会計、財務諸表作成のための不動産鑑定評価についても、ご相談を承っております。
県外の企業、M&Aアドバイザリー会社、公認会計士・監査法人、不動産鑑定会社等からのご相談にも対応可能です。
不動産の評価対象、評価目的、納期等に応じて、適切な調査・評価方法をご提案いたします。
参考資料
- 公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会「財務諸表のための価格調査に関する実務指針」(2021年11月24日一部改正)
- 企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」
- 企業会計基準第7号「事業分離等に関する会計基準」
- 企業会計基準第22号「連結財務諸表に関する会計基準」
- 国土交通省「財務諸表のための価格調査の実施に関する基本的考え方」
※本稿は実務指針等の一般的な概要を整理したものです。個別の会計処理や評価方法については、適用される会計基準及び案件の具体的条件に応じた検討が必要です。
あおぎり不動産鑑定